民主主義の根幹を揺るがす暴挙が起きてしまった。国内情勢の一刻も早い沈静化が急務だ。
韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が3日、非常戒厳を宣布した。国会の議決を受け、6時間で戒厳を解除した。しかし、その間に国会に軍隊が入るなどの実力行使に踏み切った。陸軍大将をトップとする戒厳本部は、国会や地方議会の政治活動や、デモなどの禁止を表明したほか、言論や出版も統制する考えを示していた。
強権で国民の活動や言論の自由を抑え込もうとしたのは、成熟した民主主義の国ではあり得ない蛮行と言うほかない。国会がこれを許さなかったのは当然だ。
韓国憲法の定める非常戒厳は戦時などを想定しているもので、宣布は1987年の民主化以降で初めてだった。尹氏は宣布の理由として、国会で多数を占める野党が政府高官の弾劾訴追案を繰り返し提出し、予算案にも強硬に反対するなどして、国政をまひさせていることを挙げた。しかし、国民生活は平穏であり、野党の姿勢を批判するのみでは、非常戒厳の必要性の説明となっていない。
今回の宣布は、政府内でも限られた関係者しか知らないままに行われ、憲法の定める手続きを踏んでいなかったとの指摘もある。十分な対話を行わず、重大判断に踏み切った尹氏の行動は愚挙と言うほかなく、その責任は重い。
野党各党は尹氏の弾劾訴追案を国会に提出している。与党は反対する方針だ。ただ、非常戒厳解除の国会決議では、出席の与党議員も賛成に回っており、弾劾案が可決され、憲法裁判所の判断が出るまで尹氏は職務停止となる可能性がある。弾劾案否決の場合でも、全閣僚が辞意を示しており、政権運営は立ちゆかない状況だ。
北朝鮮のウクライナ周辺への派兵を含め、東アジア情勢は緊迫している。韓国の政情不安はさらなる緊張を招きかねず、国際社会にとって大きな不安要素だ。尹氏や与野党は、政情の安定を最優先にすべきだ。
尹氏は大統領就任以降、日韓関係の改善に取り組んだ。東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出を巡っても、理性的な判断をしたと評価すべきだろう。
尹氏の求心力は低下しており、早期に政権を退く可能性もある。日韓関係が再び冷え込むのは、経済面でも、米国を含めた日米韓の安全保障体制を考慮しても避けなければならない。日本政府は米国とともに、韓国に政情安定と関係維持を促すよう働きかけていくことが重要だ。